富士山

15Jun2021

主人は、二十代の頃にすぐ近くで見た富士山の感動をよく話してくれました。

そしていつか私にも見せてあげたいと言ってくれましたが
六十才過ぎても実現しませんでした。

もう諦めかけていましたが、数年前の春のこと。

娘が東京で結婚式を挙げる事になり、
その機会を利用して休みをとり富士山を見に行く予定を立ててくれました。

幸いな挙式と家族が揃った楽しいパーティを終えた翌日、
横浜を案内してくれた新婚夫婦に見送られて、
夕方私達は静岡行きの新幹線に乗りました。

どうやら主人は富士山の見える小さなホテルを予約してくれたようですが
富士市に到着した時はもう夕暮れでした。

翌朝の五時頃、「見えるよ、見えたよ」と言う主人の声で目が覚めました。
急いで窓の外を見ると、頂きに雪を被り、豊かな白雲を身にまとった
あの富士山がはるか正面にどっしりと座しているではありませんか。

本物だ！あまりの大きさに圧倒されて声も出ません。
やっと対面できた富士山を私はただただ見つめていました。

時折、上昇気流によって雲が湧き上がり、
その雲は富士山の気品と神々しさ溢れる姿を隠したり現したりします。
陶然とした私はしばらく窓辺から離れる事が出来ませんでした。

その日はレンタカーで富士山の周りをぐるりと回りました。
山中湖からは東西の裾野が広がる雲ひとつない完ぺきな富士山を満喫しました。

でも私は雲がかかっている空の隙間から見える富士山も好きです。
空と雲をじっと目を凝らして見ていると富士山の山肌がボンヤリと見えてくる瞬間、
ここに山がある！と分かり心が震えるようにときめくのです。

聖書の中にイエスキリストが祈るため、
三人の弟子を連れて山に登ったことが記されています。

その時、突然イエスキリストの姿と衣が真っ白に輝き、
驚く事に旧約聖書のなかに登場したモーセとエリヤと
イエスキリストと三人で話しをしているのを弟子たちは目撃しました。

やがて白い雲が湧き上がり彼らを覆い
その中から神の声が聞こえたと弟子たちは証言しています。

私はしばし、その場面を連想し
神の不思議を思い巡らさずにはいられませんでした。

帰りの新幹線の窓から振り返ると、
夕日に染められた背景の中にくっきりと巨大な台形型に見えた
富士山のシルエットを私は今も忘れる事が出来ません。

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